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2014年9月 3日 (水)

万座温泉 - 嬬恋まで 足を伸ばして

昨日の当地は 夏が帰って来た〜!と言うような 暑さでした。

久々の30度超え、ちと堪えますな。 

 

そんな中、久しぶりに クリーニングのため 歯医者さんへ

 

1週間程前に 下前歯の一部が ほんの少し欠けたので

それも 埋めてもらいました。

いやはや、歯も欠けるものなのですねえ。

ここのところ 「 鉄 」 に関わることが多いから と言って

それを 食べているわけでも ないのに。

 

 

今日は 雲が多めの晴れ。

気温も 昨日程 上がっていないようですし 湿度も低め。

今も 爽やかな風が吹いています。

 

 

 

 

 

さてな。

川原湯温泉旅行の最後です。

 

 

 
 
 
 
 

Rimg0241

    ↑

    この写真を撮る時、

    リュックの重さに 尻餅を ついてしまった (=´Д`=)ゞ

    下から煽っていた とは言え、足腰 弱ってるなぁ。

 

 

行く前は 川原湯温泉から まっすぐ帰京する予定でしたが

どうせなら 吾妻線を もう少し進んでみようと

万座 ・ 鹿沢口まで 足を伸ばしました。

 

本当はね、画像の駅名標にある 「 大前 」 が 吾妻線の終点で、

ここまで行くと 吾妻線を制覇出来るので 行ってみたかったの。

でも、そうすると 帰りの時間に 間に合わなくなってしまうので

今回は 見送ることとしました。

 

 

 

 

 

Rimg0244

駅名標の後ろにあった 変わった岩。

川原湯温泉含めて このあたりは 浅間山が近いので

こんな 変わった岩が 多いのかもしれません。

 

 

 

 

 

Rimg0243

吾妻線に向かって。

山のようですけど ちょと 人工的な感じもします。

電車は 東京方面行き 特急草津 ですね。

 

 

 

 

 

Rimg0250

街中を散策すると こんな看板が。

いろはに ・・・ の順で 町のあちこちに あるようです。

 

嬬恋の 自然や歴史伝統文化などを わかりやすく 紹介しているとのこと。

 

画像の かるたの 中居屋重兵衛は

この地出身の 江戸時代の豪商であり 蘭学者であり ・・・ 。

詳しくは ググってくださいませ。

 

ちなみに 昼食を頂いたのは

この 中居屋重兵衛氏の 末裔の方が営む 割烹でした。

 

 

 

 

 

Rimg0249

いや〜 花mame、不勉強で

嬬恋が 日本一のキャベツの産地だったとは 知りませんでした。

こんな オブジェが あったり

あちこちの お店などで リーズナブルに キャベツが売られていました。

さすが 産地ですね。

 

お野菜の高騰する 今、

あの お値段で手に入ったら ありがたいものだなぁ と 思います。

間違いなく 美味しいでしょうしね。

 

 

 

 

 

Rimg0251

また 出て来ました。

かるたの看板の写真にあった 石碑ですね。

 

 

 

さて、昼食を頂いた お店で知った、

嬬恋郷土資料館に 行ってみることにしました。

中居屋重兵衛氏の展示会が 開催されているらしい。

 

駅から 2kmとのこと、歩けるかな ・・・ と ちょっと進んでみましたが

すぐに駅に戻り タクシーに 乗り込みました。

 

だって、狭い道だし すごい坂道だったんですもん。

その割に 車の行き来が激しいし ・・・ 。

行ってわかりましたが 時間の限られている中

徒歩で行くのは 無理でした。

 

 

 

 

 

 

Rimg0252

郷土資料館の後ろには

「 浅間焼遺跡 鎌原観音堂 」 と言うのが ありました。

 

この観音堂は 鎌原村が開かれた時、村人の祈願所として

大同元 ( 806 ) 年 創建、と 伝えられていて

江戸時代には 街道が整備されて 鎌原村は宿場となったそうです。

 
 

不勉強だったのは キャベツだけでなく

天明3 ( 1783 ) 年に 浅間山の大噴火があり

多大な被害を及ぼした、と言うことも まるで知りませんでした。

「 日本のポンペイ 」 と 言われているそうです。

 

多分、群馬県の人たちは 小さい頃から 教えられているのでしょうね。

 
 
 

この 「 浅間焼 」 について おおまかに 書きますと

 

天明3年の5月に 浅間山が噴火、

その後 6月中旬まで 噴煙を上げる小噴火が時折あり

8月2日からは 噴火が繰り返し起こって

その継続時間と マグマの噴出量が 急激に増大し

8月4日には 吾妻火砕流が発生。

人家には届かなかったので 被害はなかったとのことです。

そして、8月5日を 迎えます。

 

この日は 朝方より 天気も良く、鳴動も 静か。

それが 午前11時頃、浅間山火口より 突如 大量の火砕流が噴出し

土砂や水を巻き込み 「 鎌原土石なだれ 」 と 化して

猛スピードで 鎌原村を直撃したのだそう。

 

土石なだれは 吾妻川まで達し、川は一時は せき止められたものの決壊し

吾妻 ・ 利根川下流の村々をも 泥流が襲ったとのことです。

 

河川流域の災害で亡くなったのは 1624名、

流失家屋 1151戸。

 

午後、溶岩を噴出し 「 鬼押出し 」 を 形成した後

鎮静化に向かった とのことでした。

 

 
 

恐ろしい程の 被害。

今の時代だったら ハザードマップなどで

予め 被害の大きさも わかったでしょうから

人々も避難して ある程度の被害は まぬがれたでしょうに。

 

 

この観音堂の前には 階段がありましたが

元々は 50段あったものが 今は 15段しかありません。

昭和54 ( 1979 ) 年に 発掘調査を行った際に わかったもので

土石流は 35段分 ( 約 6、5m ) もの高さに及ぶものであったことが 判明。

 

さらに、埋没した階段の下の方で

女性2名の遺体が 発見されたのだそうです。

ほぼ 白骨化していたそうですが、

若い方の女性が 年配の女性を背負う形で見つかったと言うのが

涙を誘います。

 

こんなふうに 村がひとつ 丸ごと飲み込まれてしまった、と言うことで

「 日本のポンペイ 」 と 呼ばれているのですね。

 

郷土資料館には、この歴史についての詳しいことや

発掘によって出土したものが 展示されています。

 

行くまでは

中居屋重兵衛氏の展示を メインに見ようと思っていたのですが

こんなに大きな災害の歴史があったことに 衝撃を受けて

重兵衛さんの方を見る時間が なくなってしまい

サラッと見るに留まってしまいました (;´Д`A ```

重兵衛さん、ごめんなさい。

 

ただ 楽しい旅行も いいものですが

行った先の 伝統や文化や歴史を知ることも

旅の大きな意義だなぁ と 改めて知る思いでした。

 

いくつになっても 知らないことは たくさんあるので

いくつになっても 勉強するのに遅いと言うことは ないのですね。

本当に 勉強になりました。

 

もう2ヶ月近く前の旅行に 長々と お付合いさせてしまい

申し訳ありませんでした。

 

次回から 通常営業 ( ? ) に 戻ります (o^-^o)

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コメント

こんばんは。

吾妻線、大前まで入る列車は少ないですからね。
私は乗りつぶしが目的だったので、朝うんと早起きしてきっちり大前まで行ってきましたが、確か朝の列車を逃すと次は午後までなかったような。

もったいない…とどうしても鉄視点で見てしまうのです(笑)

投稿: いかさま | 2014年9月 3日 (水) 22:12

来た!きた!!!
ニアミスですよwwww!

・・・。
あっ、興奮しちゃってスミマセヌ。
花mameちゃん、たぶん7月6日に嬬恋に行かれたのですよね?
ゴン太7月13日に嬬恋に行ったのですよ
(山鉾があった無念の17日が嬬恋で仕事だったので、その下見に行っていたのです)。
あああ、またしてもニアミスですよー。
きっと、その内に、お互いを知らぬまま同日に同じ場所を訪れるコトでしょう!
楽しみですなあ~♪
って、勝手に盛り上がってすみません。

3枚目のお写真。
緑がモコモコしていて、自然がいっぱい!っぽいのですが、
確かに段々が人工的な気もしますですなあ。
法面の工事をした後に、植物を植えたのカモしれませんですなあ。

キャベツのオブジェ!
これは駅にあったのでしょうかなあ?
ゴン太、コレは見たこと無かったです!
ああ、知っていたら、ここも訪れてみたかったですなあ。
嬬恋のキャベツはとても甘くておいしいので、
段ボール1箱買って、宅配してもらって、ご近所に配っても良いくらいのお品なのですよ。
しかも安いですしなあ。
大袈裟じゃなくて、ホントですよー。

>日本のポンペイ

嬬恋周辺の方は、そう言っているらしいですよなあ。
でも、前橋市周辺ですと、旧子持村が同じことを自称しているのですよ。
群馬は自称ポンペイが2つある、ということですかなあ。
はは。

鎌原観音堂、行かれましたかな。
女性2人が重なるように発見されたのを、
昔は「お嫁さんが、義理母さんを背負って非難しようとしたところ、間に合わなくて、火砕流に飲まれた」と言い伝えられていましたが、
最近では、そういう説明はしていないようなのですよなあ。
階段手前の赤い太鼓橋は、たぶん、2人の女性が埋まっていたところを踏まないように架けたのではないかなと思いますです。
想像ですがなあ。

> 伝統や文化や歴史を知ることも

うんうん。
旅先の資料館に行くと、その土地の風土や歴史が学べて楽しいのですよなあ。
ただ、時間がたくさん必要になっちゃいがちなのですがなあ。

>郷土資料館

2階には、キャベツについての展示もあるらしいですなあ。
浅間焼け、キャベツ。
同列に並べるのはアレですが、嬬恋を代表するものを展示しているのですよなあ。
花mameちゃんの記事を読んだら、資料館に行ってみたくなりましたですなあ。
今後、嬬恋を訪れる時があったら、ぜひ訪れてみようと思いますですなあ。

投稿: ゴン太 | 2014年9月 4日 (木) 13:32

>いかさまさま
 
こんにちは。
 
はい〜 少なかったです。
帰りの時間が もう少し遅ければ行けたのですが
また次回に トライです。
何か宿題があれば また行くきっかけになりますものね (o^-^o)
 
大丈夫、必ず制覇しますよ (*^ー゚)b
 
 
 
 
 
>ゴン太さま
 
こんにちにゃん♪
 
おぉおおおおお!!
来ましたねーーーーーー!!
またもや ニアミス heart04
 
うんうん、知らぬまま すれ違うのも
時間の問題ですね ヽ(´▽`)/
おでかけ、もしくは 旅に出たら
事細かにリポートすることにします!!
 
そうなんです、この段々な感じが人工的に見せているのですよ。
おっしゃるように 法面工事のあと 植えたっぽいですね。
あ〜何だかスッキリしました。
 
キャベツのオブジェは
駅から ちょっと離れた場所にありました。
確か 食事をした中居屋さんに行く途中だったと思うのですが
川を渡る橋の手前だったように 記憶しています。

そうそう!
記事に書くのを忘れましたが
この日、嬬恋で キャベツマラソンなるイベントがあったのですよ。
そういう出で立ちの方が たくさんおりました。
タクシーに乗った時、「お客さんもマラソン関係?」
と聞かれましたが、
どう見ても ただの旅行者と言うスタイルだったので
どこにマラソンの香りが漂っていたのか
いまだに不思議です ( ´艸`)プププ
 
キャベツ、あぁ、そう聞くと なお惜しかった気になります。
我が家は 結構キャベツの消費量が多いのですよ。
でも、買って「持って」帰って来るものだと思っていたので
諦めたのですよ。
次回は 宅配ですね!
 
まぁ!日本のポンペイは 2つもあったのですね!
その旧子持村が そう言われたいきさつを 是非知りたいと思います。
後で検索してみますね。
 
そう、その2名の女性のことを ゴン太さんが おっしゃる説と
実の親子説、親戚説、近隣住民説などが あるようです。
いずれにしても 年上の人を背負ってでも避難させようとした
その気持ちが 心に染みます。
 
あぁ、赤い橋は そう言う意味合いもあるのですね。
いや、絶対そうだと思います。
日本人の心ですね・・・ (ノ_-。)
 
郷土資料館は 本当に勉強になりますね。
ましてや 昨今 災害の多い日本ですから
こういう 大きな災害があったと言うのは
昔のこと、と片付けられませんし
今でも 浅間山をしっかり監視している と言うことに
改めて 浅間山が活火山なのだと認識しました。
ありがたいことに 数時間の余裕があったので
十分 勉強させて頂きましたよ。
 
ああ、言われて思い出しました。
キャベツの展示、模型などが 置かれてありました。
嬬恋が 生産量日本一なのですから 欠かすことの出来ない展示ですよね。
 
この資料館では やはり浅間焼けの展示が印象深いですね。
お近くに行かれることがあれば
是非 行かれてみてくださいね。

投稿: 花mame | 2014年9月 4日 (木) 15:40

こんにちは ♪
 
「嬬恋」の地名とキャベツに、
「キャベツ畑の真ん中で愛を叫ぶ」というフレーズが
頭に浮かび… ググってみたところ、ありましたありました。
http://www.kyabechu.com/
「…妻に愛を叫ぶ」でした。嬬恋ですもんね、妻が入らなくっちゃ♪
ニュースで紹介されたのを見た覚えがあったのですが、
キャベツ生産量が日本一とは知りませんでした。
だからこそのキャベツ畑だったのですねぇ。
今年はニュースで見なかったなぁ。どんな愛が叫ばれたのかしら(*^m^*)
 

鬼押出し という、現在では観光地となっている名前は少し前に
何かで知りましたが、それがこんな恐ろしい大災害のときにできたものとは
つゆ知らず、自然の面白い造形に鬼が押し転がした大きな岩、と
名付けたのかなぁ、と暢気なことを考えていました。
天明3年=1783年(ググりました) 231年前のことなのですね。
天明といえば天明の大飢饉という言葉に覚えがあるなと、
これまたググりましたら、1782年~1788年に掛けての近世で最大の
ききんだったとありました。
東北地方中心で、かねてからの悪天候や冷害が続いていたところへ、
天明3年の岩木山・浅間山の噴火が重なり、直接被害と火山灰による日照不足で
被害甚大、非常に多くの方が亡くなったそうです。
天候不順・日照不足・農作物への被害って…今年も起きていることですね。
昔だったら飢饉だなぁと思っていたのですけど、裏付けられちゃいました。
 

観光地として自然の美しい長閑で素晴らしい場所ですが、
悲しく辛い歴史もある場所。いつか訪れる機会がありましたら
その辺りのことも胸に見て歩きたいと思います。
 


投稿: ポージィ | 2014年9月 4日 (木) 15:46

>ポージィさま
 
こんにちは♪
 
リンク先、拝見して来ました。
 
おぉ!
そういえば テレビのニュースでありましたっけ!
日本愛「妻」家協会と言うところが 主催だったのですね。
それなら 嬬(妻)恋は ピッタリな場所です ヽ(´▽`)/
キャベツ畑を 間近に見ることは出来ませんでしたが
写真などで見ますに かなり壮大な風景。
叫ぶと気持ちがいいでしょうね heart04
 
鬼押出し。
そうですよね、今の感覚で捉える「鬼」は
どこか コミカルな感じもするので
そんなイメージで捉えても 不思議ではないですよね。
 
ちょいとググってみましたら
浅間山には 鬼が棲んでいることになっているそうで
その鬼の行状が 噴火に関わっていると 当時の人は思ったようで
その押出しの様子を見た里人が 名付けたのではないか、とのことでした。
 
そうそう、天明の飢饉。
確か 郷土資料館の資料の中に そのこともあったように思います。
大きな火山の噴火ではありますけど
その一カ所の噴火によって 広い範囲で被害を受けるのですから
恐ろしいものですよね。
今は 富士山の噴火云々と伝えられていますが
現代にあっても その当時以上の災害が予想されていて
本当にコワイです。
 
おっしゃるように 景観の美しい場所には
それなりの災害の歴史があるものなのかもしれません。
 
231年前。
人間にとっては 遥か昔でも
地球にとっては ほんの数秒前の出来事みたいなもの。
数秒後に 襲って来るかもしれない災害に
出来る限り しっかりと対策を講じておかなければいけないですね。
 
たくさん調べて頂いて ありがとうございました o(_ _)oペコッ
 
お陰様で、より充実した記事になりました!!
感謝です heart01 

投稿: 花mame | 2014年9月 4日 (木) 16:13

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