« 忘れない | トップページ | 桜 - 2011 - その2 ~ 君の名は? »

2011年4月15日 (金)

桜 - 2011 -  その1

震災一ヶ月にして 大きな余震。

やっと 落ち着きかけていたかなぁ、と思った矢先だったので

何だか ますますブログなんて 書く気になれず。

当地で 気持ちが落ちていたのでは

被災地の方たちに申し訳ない と思いながら

気持ちを上げて 今日は アップしようと思います。

 

 

 

 

 

 

 

今週の日曜のことになりますが

花mame、3年ぶりの花見へと 行って参りました。

 

例年のコースを 辿ろうと、

いつもの 桜天井の神社へと 行きましたらば

あら、桜の木がない!! 

 

恐るべし、3年間のブランク。

天井を形造っていた桜の木が 一本も なくなっていたのです。

切り株を見ると そんなに最近 切られたふうもなく ・・・ 。

 

初夏の毛虫とか 秋の落ち葉に

苦情でも 出たのでしょうかね ・・・ (´・ω・`)ショボーン

 

 

 

 

Rimg0001

と 言う事で。

次の お決まりの場所へ 行ってみると

あら、こちらも 何となく 上の方が剪定されたふう。

 

桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿。

なんて 言葉もあるのに。

 

 

アメリカでは 桜を切った ジョージ ・ ワシントンは 大統領になりましたが

日本では どう切ろうと 大統領には なれないのですけれどもね。

 

 

そう言えば、うちの実家の隣でも

桜を 切る切らないの話が ありましたっけ ・・・ 。

でも、あのオジサンじゃあ、大統領どころか

町内会長も 無理っぽいなぁ ・・・ 。

 

 

 

 

 

Rimg0007

こちらは のびのびと 咲いておりました。

 

そして、その下には

 

 

 

 

 

Rimg0006

桜の木の陰と たくさんの花びらたち。

 

 

さてさて、

花見記事は つづくよ。

あと 二日程 ( ̄▽ ̄)b

 

 

|

« 忘れない | トップページ | 桜 - 2011 - その2 ~ 君の名は? »

花 - 近所の花」カテゴリの記事

コメント

こにゃにゃちにゃんcat

余震というのでしょうか、
地震、収まりませんね。
震災から1ヶ月で、またあんなに大きな揺れが来るとは…。
昨日のも大きかったですよなあ。

>何だか ますますブログなんて 書く気になれず

きっと、そういう方、たくさんいらっしゃることでしょうなあ。
地震のことで頭がいっぱいになっちゃいそうですよなあ。
みんなの心に深い傷を残しましたですよなあ。

神社の桜、なくなってしまったとは!
…信じられない。
なんか、そういうのって凄く淋しい感じがしますですなあ。
桜のじゅうたんは見られなくなってしまったのですなあ。

>次の お決まりの場所

こちらは無事で良かったですなあ~♪
期待している場所に、期待しているものがある喜びって
安心感があっていいですよなあ。
桜、きれいですなあ~cherryblossom

投稿: ゴン太 | 2011年4月17日 (日) 16:01

>ゴン太さま
 
またもや お返事の遅れ、どうぞお許しくださいませ m(_ _)m
 
見たこともないような 恐ろしい災害でしたから
日本に住む人は皆、いまだに心が痛んでいるものと思います。
 
ましてや 原発問題で
節電に心がけなければいけない時ですから
貴重な電気を使って どうでもいい記事など
あげている場合ではないなと ・・・ (;´Д`A ```
 
余震が収まるのは いつなのでしょうね。
他に誘発されることがなければいいと
強く強く思っているのですが。
 
外出する時も 歩きやすい靴を履き、
水と最低限の食料、ビニール袋などを 持ち歩くようにしています。
まだ揃えなければいけない防災グッズもありますし
テレビの防災特集などを見るにつけ
自分は まだまだ甘いなぁ と思い知らされております。
 
桜。
そうなんですよ、
狭い所なので 数本 大きな桜があるだけなのに
空が桜で覆われて 桜天井、
散ると 桜の絨毯だったのです。
 
理由はわかりませんが 残念だなぁと言う思いです。
 
>期待している場所に、期待しているものがある喜びっ て安心感があっていい
 
そうなんですよね。
でも 花mameの場合、得てして
その喜びや安心感を 無くして初めてわかるのですよね。
 
当たり前にあることを 当たり前とせず
あることに感謝し 大切にしなければいけないのですよね。

投稿: 花mame | 2011年4月22日 (金) 16:34

再※おじゃましますにゃん

>その喜びや安心感を 無くして初めてわかるのですよね

はい。
ゴン太もそうです。
なんでも失くしてから学びます。
物も人も、たぶん環境も。

ちょっと関係ないかもですが、
石原都知事の「天罰」発言は言葉に問題もあるでしょうが、
いわんとするところは分る気がしましたなあ。
いままでの日本の暮らしが200%だったのですよ。
100%しかないものを、さらに自分たちが満足するために何かするのは
きっといけないことなんじゃないかなと思うのですよ。
それは科学だけでなく、医学も同じとゴン太は思っていますが。
「身の丈」ってあるではないですか。
地球上で生物が共存するためには、
きっと人間は人間の領分を越えたらダメリンなのではないかなあと思います。
地震は天罰じゃないけど、原発問題は人間の慢心からきたのではないかと思ったり。

記事と関係ないことだったかもです。
ごめんなさい。

投稿: ゴン太 | 2011年4月26日 (火) 14:40

>ゴン太さま
 
再※ ありがとうございます o(_ _)oペコッ
 
あって当たり前と思ってはいけないと
いつも思ってはいるのですが
ついつい当たり前を当たり前としてしまうのが
人間と言うものなのかもしれないです。
 
このたびのことで言えば
特に関東圏では電気でしょうかね。
あって当たり前の上に立っての
オール電化住宅だったり電化製品だったり。
供給源のひとつをいらないものとするならば
今のライフスタイルを根本から見直さなくてはいけない。
とは言え、ここまで出来上がっているもの、
昭和初期以前に戻れと言っても
日本人には もう無理でしょう。
 
ゴン太さんのおっしゃる 「 身の丈 」 。
これを すでに超えてしまったのかもしれませんね。
原発で作らなければ足りないほどの電気需要。
電気の需要が増えたから作ったのか
増えるだろうから作ったのか わかりませんが ・・・ 。
 
何かが起こったらどうする?
起こっても想定した危機なら大丈夫さ、
それ以上のことは起こりっこない。
それでいて起こってしまったことに対処しきれずに
政府からバタバタしてしまう。
 
上が そんなですから
今まで電気を作る 「 元 」 に無関心だった人も
対応か悪いの何のと言い始めるわけです。
 
批判は簡単ですが
では どうすればいいかを考えられる人は
ほとんどいないのではないかと 自分をも含めて思います。
 
少なくとも 常に不安と隣り合わせにいた福島の人の上に乗っかって
湯水のように電気を使いまくっていた人には
批判することなど出来ないように思うのですよ。
 
200%を100%以下にする覚悟。
みんなが それを持たないと
原発はなくならないのだと思います。
 
都知事の言わんとすることは
花mameにも よくわかりました。
ただ、もう いいお年なのだから
言い方を考えなくてはいけませんでしたねぇ。
 
記事からの繋がったコメントですから
全然関係なくないですよ~。
いつも どうもありがとうございます m(_ _)m


投稿: 花mame | 2011年4月27日 (水) 18:25

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 忘れない | トップページ | 桜 - 2011 - その2 ~ 君の名は? »